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フリーウェイト

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新しい職場では、フリーウェイト指導が必須のため、最近の自主トレはもっぱらダンベルやバーベルを使ったレジスタンストレーニング、いわゆる「筋トレ」をしている。


以前はマシンを使用したダイナミックストレッチやヨガ、ピラティスなどの自重の運動が主だったので、重量を担いだり持ち上げたりするのは、新鮮で発見がたくさん。


4月から始め、週2、3ほどのペースで続けている。体重は変わらないけれど、以前より体のラインにメリハリがついた印象。太腿と二の腕に筋肉がついて少し太くなり、お腹周りがすっきりした感じがする。


ウェイトトレーニングといっても、やみくもに力めばいいわけではなく、姿勢や動かし方が非常に重要。ちょっとしたフォームの修正や意識の持ち方で、かなりキツかった重さがスッとスムーズに上がったり、最後の粘りがきくようになったりしておもしろい。


フォームのポイントをおさえた上で、あとは過負荷の原理を守りつつ反復していけば、徐々に重量が上がっていくのも、変化がわかりやすくてよい。(重量が短期間で上がっていくのはトレーニング初期だけのようだが)


最近の自主トレフルコースのメニューは下記。その日の感じで調整しながら、しっかりセット数こなして90分くらい。



ストレッチ


プランク(フロント、サイド、ローテーション、マウンテンクライマー)


アダクション

アブダクション

バランスディスクに乗って自重スクワット

バーベルスクワット


バーベルデッドリフト


バーベルベンチプレス


マシンローイング

ダンベルワンハンドロウ

チンニング


ディップス


シットアップ

シットアップローテーション

リバースクラン

レッグレイズ



実家に帰った時に、父から「脚が筋肉質になった」と言われ、母には「腕が太くなった」と言われた。あまり筋肉筋肉した体にはなりたくないが、もうしばらくいろいろ試しながら、人体実験してみようと思う。


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テント泊山行

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初めてのテント泊山行をした。


秩父山域の笠取山から雁坂峠まで。


本当は甲武信ヶ岳まで行く予定だったけれど、同行者が前日までマレーシアに登山に行っていたので、軽めにしようということになった。


ゆっくり12時くらいから登り始めて、途中沢沿いでお昼を食べたりしながら、雁峠、小さな分水嶺を通って笠取小屋へ。


小さな分水嶺は、小高い丘の上にあって、ここに降った雨は丘の斜面のどの方向に流れるかで、多摩川、荒川、富士川に別れるらしい。

斜面の作り的に、ほぼ多摩川に流れていきそうな感じはしたけど。


テントを張った後、メンバーの一人が鍋と食材を持ってきてくれていたので、みんなで鍋パーティー。静かで、空気が澄んでて、景色がきれいで、時間を気にせずまったり食事してお酒飲んで幸せ。


鍋セットを持ってきてくれた人のザックは私の2倍くらい大きく、試しに担がせてもらったけれど、20キロくらいはあったと思う。それであの足場の悪い斜面を登るわけだから、本当にすごい。しかもなぜかサンダルだったし。鍋グッズもそうだけど、私の足りない装備も持ってきてくれて本当に有り難かった。


翌日は4時半に起きて、笠取山に登って日の出を浴びる富士山を見て、雁坂峠まで行って下山。


道中で鹿の角を拾った!雄鹿の角は1年サイクルで生え変わるらしい。雄鹿は角が大きいほどモテて、立派な角の雄鹿はハーレム状態。でもどんなに立派な角でも1年で取れてしまうから、一匹が独走することがない。「1年でパワーバランスがリセットっていいシステムだよねー」みたいな会話をしながら、残雪の道をさくさく歩いた。



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サウスデリーとバラナシのヨガスタジオ

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帰ってきてからは、日曜の朝に近所のシヴァナンダヨガスタジオに通っている。

 
 
シヴァナンダヨガとは、西洋医学の先生でもあるスワミ・シヴァナンダ氏の教えをもとに、その弟子であるスワミ・ヴィシュヌ・デヴァナンダ氏が体系化し、普及したヨガ。
インドの古典ヴェーダに基づき、「呼吸」「運動」「リラクゼーション」「菜食の食事」「ポジティブな思考」「瞑想」を重んじる伝統的なスタイルをとる。
 
 
シヴァナンダヨガは世界中にセンターがあり、本部はカナダ。インドにもいくつかセンターがあり、私もデリー南部にあるセンターに行き、ヨガのクラスに参加した。
 
 
運動のシークエンスが決まっているので、世界中どこで受けても同じ内容でクラスが行われる。スワミ・ヴィシュヌ・デヴァナンダ氏が、ヨガを欧米に伝えていく中で、何千とあるヨガのポーズの中から厳選した12のポーズで構成されている。
 
 
特徴は、クラスの最初の方にヘッドスタンドがくることと、各ポーズの合間に短いシャヴァーサナがあること。
 
 
早朝のクラスで、序盤にヘッドスタンドがくると、体的に少しきついけれど、集中してバランスをとるので、一気に体のセンサーが目覚める感じがして好き。
 
 
小刻みにはさまれるシャヴァーサナも、長めにポーズを行った後などはとくに心地よい。先生曰く「ポーズのホールド時間を充分にとり、体の緊張と集中を促し、その後のシャヴァーサナでしっかり体を緩めリラックスさせる。緊張と弛緩、集中とリラックス。それを繰り返すことで、クラス終了時には、体の血行が改善し、より深いリラックスへと導くことができる」ということだそう。
 
 
インド滞在中は、南インドでのヨガ修行とキッズヨガ講習の他に、北インドのデリーとバラナシでも、ヨガのスタジオに行き、クラスを受けた。
 
 
デリー南部にあるシヴァナンダヨガスタジオはとてもきれいだった。
朝の6時半からのレッスンだったので、5時半にホテルを出発。行き方がわからなかったので、ホテルスタッフのムキムさんが付き添ってくれた。ムキムさんはタジキスタン人で、二児の父。ムキムさんは風邪をひいていて、けっこう辛そうだったのだけど、とても紳士的にエスコートしてくれた。いい人だった。ヨガの生徒はインド人だけではなく、いろんな国の人がいた。内容は普通のシヴァナンダヨガ。料金は300ルピー(日本円で600円くらい)だった。
 
 
バラナシで受けたヨガは、なぜか屋上でマンツーマンだった。
宿によくわからないインド人の青年と子供が迎えにきて、バラナシの迷路のような路地を歩くこと数分で到着。一応スタジオっぽく生徒が数名いたが、私はなぜか屋上へ通され、先生が「Fresh airだから、ここでやろう!」と。
リシケシでヨガを学んだという先生とマンツーマンで90分ほどヨガを行った。ポーズのホールド時間が長くて、何分保持するのか聞いたら、10分と言われた。無理なので自分のペースで行った。私がポーズを必死でキープしている間、先生は屋上の植木鉢などの葉っぱをとったり、植物の状態をチェックしたりしていて、私はあまり集中できなかった。700ルピー(日本円で1400円くらい)だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

マニカル二カーガード(火葬場)での出来事

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※先日、無事に帰国。インド楽しかった。まだ書きたいことがたくさんあるので、少しずつ書いていこうと思う。

※火葬場は撮影禁止。写真はガンガー沿いの牛たち。


バラナシ2日目の午後は、勇気を出して、1人で散策してみた。昨日行ったのとは逆方向のガードを巡る。インドに来る前に、インド人は宗教への信仰が厚いから、神様の名前を出すと悪いことをしてこないと聞いたのを思い出し、ヨガ生活で習った歌の中から、バラナシで一番有名な神様のシヴァの名が出てくる歌を選び、口ずさみながら散歩。

ガートでは、寝てる人がいたり、なんか作業をしていたり、体を洗ったり、子供が遊んでいたり。

煙が見えてきて、マニカルガートに行き着く。ガートの中で一番大きな火葬場。

火葬場に着くと、インド人男性に声をかけられる。スルー。でも再び強く声をかけてくるので、立ち止まると、どうやらわたしが親族しか入れない場所に入っているから、こっちへ来いとのこと。

それはいけないと思い、その男性のところに行ったのが、始まり。

彼の名前はバブーといい、本人曰く、火葬場のすぐ近くにある、身寄りのない遺体や老人の世話をしているらしい。ボランティアで、自分の仕事やインドの葬儀について、観光客に教えていると言っていた。

今こうして書いていると、かなり怪しいのだが、この時わたしは火葬場のまさに中心に誘導されてしまっていて、目の前では遺体が燃やされ、その火の熱さをがんがんに感じ、火葬場付近はなぜか水牛の数が多くて、右も左も後ろも黒い大きな水牛に囲まれ、ややパニックになっていた。

バブーに怖い、無理、少し離れたいと言うと、自分が働いている建物の上からよく見えるからそこに行こうと言われる。怖かったが、今いる場所から離れたくてついて行くことに。

建物の中は空っぽで、少し階段を上がったベランダ的な場所から、火葬場全体の様子がよく見える。火葬場には、12、3箇所の薪が積み上げられた場所があり、火が燃えていた。

バブーがいろいろ火葬場のことを説明してくれた。

24時間稼働し、1日で200から300の遺体を火葬すること。
一つの遺体を燃やすのに100から200キロの薪がいること。(薪を運ぶボランティアがあり日本人も行っているよう)
火葬場に到着した遺体はまずガンガーに浸され清められること。
妊婦や子供は、まだ神から与えられた生命を終えていないという理由で、石をつけてガンガーに沈めること。
男性は胸、女性はお尻の部分が強く、燃え残ってしまい、それを犬が食べにくること。

わたしがかなり不安そうで神妙な顔つきで聞いていると「悲しいことではない。ここ火葬され、遺灰をガンガーに流すことは、本人にとっても家族にとっても、すごくハッピーなこと」と言われた。

いろいろ丁寧に説明してくれるし、なんとなく彼の人柄もわかって安心してきた時に、1人の老婆が現れた。ここで働いているナースで、お祈りをしてくれるから、目の前に座ってと言われる。退散したかったけれど、自分がいる場所がわからないので、もうなすがままに座る。すると家族の名前を聞かれ、教えると、なまりの強い英語で家族の名前を唱え出し、おもむろに頭をぽんぽんぽんぽんと叩かれながら、お祈り???をされた。

それが終わると、バブーが「このマザーは毎日火葬の手伝いをしている。火葬は大変。薪を運ぶ人出がいるし、蒔代も高い。あなたはどのくらい手伝える?」と聞いてきた。わたしは最初、わたしに蒔を運ぶ手伝いをしろと言っているのだと思い、I carry woods together?と返すと、違うと言われる。ああなるほど、お金を請求しているのね、とわかった。

この辺でいろいろ絶頂に達し、どうしてこんなことをするんだ、お金はない、帰りたいということを半泣きで伝えると、バブーがオーケーみたいな感じで外に出してくれ、道のわかるところまで連れていってくれた。

そこで、お金は請求しないからもう少し一緒に過ごそう、シヴァの寺院に行こうと言われたが、もう信じることはできなくて、飛行機の時間があるから帰ると伝える。次はいつバラナシに来るのかと聞かれ、わからないと言うと、早い時期にまた来てほしいと言われる。お金ないから無理と言うと、フェイスブックやっているかと聞かれ、アドレスを教えられ、ここにフェイスブックのIDを送ってと言われて、別れた。

その後バラナシからデリーに戻る飛行機の中で、地球の歩き方のバラナシのところを眺めていたら、火葬場でホスピスのスタッフだと名乗る人が薪代を請求してくる詐欺が横行しているので注意という、わたしが体験した話がそのままのっていた。

確かにお金は請求されたけど、バブーはいろいろ教えてくれたし、刺激的な体験をくれたし、そんなに悪い人ではなかったように思う。よい思い出。感謝している。

朝のガンガーをボートで行く

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早朝5時半に起きて、ガンガーをボート見学。南と違い、北インドの朝はけっこう寒い。バックパッカーの間では有名な日本語堪能バダルさんが案内してくれた。


バダルはカースト制のことを説明してくれた。

カースト制度といえば、インドの階級差別のことだと思っていたが、実際は少し違うようだった。階級というか、役割みたいなものだろうか?「会社に社長、部長、経理、総務とかあるでしょ。そんな感じ」とバダルが言っていた。

カーストという言葉はポルトガル語の「カスト(血統)」が語源。16世紀にポルトガル人がインドに来たときに、名付けた呼び方。インド古来のヒンドゥー語での呼び方は「ヴァルナ」と言う。

カースト(ヴァルナ)は大きく4つに分かれる。(不可触民も入れると5つ)

バラモン(司祭など宗教的な支配階級)
クシャトリヤ(政治的、軍事的な支配階級)
●ヴァイシャ(農業、牧畜、手工業などの生産業)
シュードラ(かつては奴隷階級。今はヴァイシャと同様に生産業など)

その下にダリットという不可触民の層がある。

カーストは、さらに細かい役割(ジャーティと呼ばれる)に分類され、ジャーティの数は数千になるそう。

一番下は、ダリットの中のドームと呼ばれるジャーティで、火葬場で働く人を指す。その次が掃除をする人で、その次が洗濯をする人だと、パダルが教えてくれた。

カーストは身分であって、シュードラに生まれても努力とお金次第では、医者や弁護士になり、お金持ちになれるらしい。でも裕福になってもシュードラというカーストは変わらない。

ヨガの哲学の授業でスワミジが、「カーストというのは差別ではなく、本来はインドの伝統的な習慣。社会が上手く機能するように、各人に与えられた役割のこと。イギリス植民の時に、イギリス人がインドを近代化する際、カースト制度を差別として利用し、歪んだ形にしてしまった」と言っていたのを思い出した。インド独立の父ガンジーも「本来のカースト制度は、相互協力による有機的な社会の原理」と言っていたそう。

「インド人はカーストを悪いものだと思っているのか?」と聞いたら、「思っている人もいるけど、半分の人は思っていない」と言っていた。

そんな話を聞いていたら、ガンガーの対岸に着いた。対岸はなにもない。砂浜みたい。

近くに貧しい村があり、その住民が強引な詐欺をしてきたり、危険な場所なので、1人で来てはだめと言われる。強引な詐欺とは、握手を求めてきて、交わしたら、そのままマッサージされ、最後にお金を請求されるとか、馬を連れてきて触らせて、最後にお金を請求されるとか。わたしが対岸にいる間にも何人か来たけど、バダルが追い払ってくれた。

対岸から見るガンガーとガードは、エキゾチック極まり、映画のセットみたいだった。でもそれは即席の映画のセットではなく、何千年かけて作られてきた人の営みや定めや生死がぎっしり詰まってる。

インドは不思議な場所。ガンガーに祈りを捧げ神聖な川という割には、ゴミだらけだし、火葬の儀式も丁寧に時間をかけて行うのに、その脇で犬が燃え残った遺体を食べているのを放置するし、火葬場のすぐ横では子供たちが凧上げをして遊んでいたりする。ベースの価値観というか道徳が、日本と全く異質のもので、本当に不思議な感覚になった。

想像以上だったバラナシの初日

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何を書いたらいいのかわからないくらい衝撃的な街だった。相当なエネルギーを使ったけれど、来て本当によかったと思う。


牛、犬、猿、ヤギ、たまに豚、ハエ。牛も白かったり、茶色かったり、黒い大きな水牛だったり。人も同じで、貧富の差が激しすぎて、同じ人間だけど、同じ人間にあらず。街のカオスっぷりはオールドデリーより勝る。

普通だったら包み隠されるものが、開けっぴろげ。現代と古代がごちゃまぜ。

人と接する時も、信じなきゃいけない時と疑わなきゃいけない時と、その加減が難しかった。警戒心は絶対に必要だけど、警戒しすぎてガチガチに固めるのもつまらないし、疲れるし。

初日は12時くらいに空港につき、宿まで送迎してもらう。宿は日本人バックパッカー御用達のサンタナにした。サンタナにつくと、ちょうど数人がお昼ご飯に出かけようとしたので、便乗。人が1、2人通れるくらいの幅の迷路みたいな路地を牛とすれ違いながら進む。はぐれたら絶対に戻ってこれない!!

お昼を食べた後、ガンガー沿いのガートを散歩すると言うので、これも便乗。(ガートとは川に降りれる階段になっている部分。全部で84のガートがある)

ガンガーの第一印象は、「けっこう狭い」だった。流れもとてもゆったりで、向こう岸まで泳げそう。そういえば一緒にいたメンバーは今朝みんなで沐浴したらしい。頭まで浸かったと言っていた!すごい!!わたしはいろいろ怖くて無理!

途中、小さな火葬場があり、腰の高さくらいまで積み上げられた蒔が燃えていて、周りに家族がいて見守っていた。遠くから少し見学。

1時間ほどで北側のメインガートのアッシガートについたので、引き返すことにした。「同じ道を引き返してもつまらない」と誰かが言い、川沿いから外れた路地を戻ることに。ガートから一歩路地に入ると、そこはもう迷路。曲がり角の次に何が現れるかわからない。バラナシ初日の私にとっては、天然のお化け屋敷。軒先で鶏をさばいているお店?があった時はかなり驚いた。

北インドは貧富の差が激しい。日本にも格差はあるけれど、インドに比べるとないに等しい。例えばデリーで宿泊した所は、デリー郊外のグルガオンというところで、adidasなど有名なブランドが入るショッピングモールもあり、私が見てきたインドの中では一番整備された場所。デリー空港だって、成田とほとんど変わらない。でもバラナシやデリーでは、今にも崩れそうな廃墟みたいな家や、木の棒を組んだものに布を掛けて家にして暮らしている人が普通にたくさんいる。片足がなくて手でサイクルリキシャを漕いでいるおじさんや、子供を抱えてミルク代をせがんでくる女の人にも会った。

夜はプージャを見に再びガートへ。1人はまだ怖いし、行き方もわからなかったので、宿に泊まっている人に声をかけ、連れて行ってもらう。

プージャはヒンドゥー教の祈り儀式。毎晩、日没後に行われる。お祭りみたいな雰囲気だった。そしてバラモンかっこいい。ヨガの入学式の時にやってもらった儀式と少し似ていたり、流れている歌の端々に知っている言葉、メロディーがあって、ケララでのヨガ生活を思い出し切なくなった。

夕ご飯の時間になったので、宿に戻って、頼んでおいた野菜炒めを食べた。インドで食べる野菜炒めは、オクラの割合が高く、おもしろい味がした。明日は5時半に起きて、ガンガーをボートで見学する。



デリーで骨折れる

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ヴァルカラ最終日は夜の11時にバスでコーチン空港に向けて出発。7時30分コーチン発の飛行機でデリーに向かう。ヴァルカラは3泊4日、キッズヨガ以外には、日本人旅人と偶然出会い交流したり、蟻大量発生事件があったり、ココナッツバナナケーキにはまったりした。

デリー空港について、キッズヨガを一緒に受けたメンバーと別れ、ここからは1人。

実はヴァルカラ最終日あたりから体調を崩していて、喉が痛く、頭痛と、少し悪寒。たぶん風邪。少ししんどいが、気合いでデリー観光。空港から一つ目の観光場所の世界遺産ラールキラーまで送ってもらい、そこでスタッフさんとはバイバイ

ラールキラーは、インド人観光客が多く、そんなに興味をひかれる感じもなかったのでさくっと。大変だったのは、ここから。ラールキラーを出て、さて右も左もわからない。なんとなく人の流れていく方へ歩いて行くと、「リキシャ
乗らない?」「写真撮るよ」「ガイドするよ」と言った感じで、常に声をかけられ付きまとわられる。

騙されそうだし、怖かったので、かわして歩いていたけれど、次の目的地までの行き方がさっぱりわからないので、話しかけてきた1人と値段交渉して、ガイドを頼んだ。サイクルリキシャをやっている35歳へモンさん。サイクルリキシャは怖かったから、オートリキシャがよかったのだけど、もうとにかくカオスでよくわからなくなっていて、「I'm scary. Be careful. Drive safely」を連呼しながら乗車。

へモンさんはジャマーマスジットというイスラム教の寺院と、オールドデリーを回ってくれた。途中で、買わないと言っているのに、知り合いのサリーショップに連れていかれたけど、「私は買い物に興味がない」と言って断った。へモンさんはそんなに裕福そうではないし、向こうも商売に必死なのはわかるけれど、わたしもいろいろ必死なので、ごめんね。

最終的にニューデリーに行きたかったので、へモンさんにお願いすると、ここからニューデリーはサイクルリキシャでは遠いから、電車がいいと言われ、駅の近くまで連れて行ってもらい、降ろしてもらう。

そして駅に向かうがけっこう距離があって、ものすごい人混みとクラクションと犬とか物乞いとかをかき分け駅に着くが、駅もすごい人でどうやって電車に乗ればいいかわからない。インド人女性に聞くと、オートリキシャかタクシーで行った方がいいと言われる。再度先ほどの場所まで戻り、タクシーかオートリキシャを拾おうと思ったけれど、なんかもう喧騒がすごくて、なんかみんな怖い顔してるし、値段もみんな言ってくる額が違い、どれが適正な価格なのかわからないし、しばし路頭に迷った。

結局「やっぱり公共機関だ!!」と思い、再度駅へ。途中何度も車にひかれそうになった(横断歩道というものがないので、車のわずかな切れ目を探してかなり強引に渡る)

なんとか電車に乗り、ニューデリー駅へ。ニューデリー駅も人が凄まじく、道とか階段にぎゅうぎゅうに寝てる。うわーと思ったけれど、落ち着いて考えれば、東京も似たようなものだと思い、ここは新宿と暗示をかけながら、メインバザールへ。メインバザールの雑貨屋で少し買い物をして、その後コンノートプレイスに行ってお茶をして、ニューデリーから電車で1時間くらいかけて宿まで帰った。

初見のデリーは少し驚いた。とくにオールドデリー。カオス。ここいうのがカオスって言うんだと思った。うるさい、人多すぎ、汚い、電線からまりすぎ、猿が襲ってくる、犬がかわいくない、ごちゃごちゃ感半端ない。数日いれば慣れるとは思うけど、わたしは1日でいろいろ回ったので、骨が折れた。明日はバラナシに飛ぶ。
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